日記 – Story Rocking 『ピーチ』〜芥川龍之介「桃太郎」より〜 鑑賞

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Story Rocking『ピーチ』〜芥川龍之介「桃太郎」より〜を観てきたよ✌️

以下、ネタバレあり感想

私は2022年秋に青木くんを知ったので残念ながらKappaは行けておらず、その他ジュニアの外部でも鈴木勝秀さん(スズカツさん)の手がける作品を一度も見たことがなかった。

(あくまで私の観測範囲内ではあるが)スズカツさんの作品は人によって賛否がバッキリ別れるという特徴がある。

同じスズカツ作品でもある人は最高だった、チケットを買い足したと言い、別の人はもう見たくない、チケットの大半を手放したと言う。

誰もが認める作品なんてこの世には無いけれど、それにしてもこんなにも評価がまっぷたつに別れるのはあまり見かけないので、自分はどちら側なのか見極めるのが楽しみであり怖くもあった。

フォロワーには「おねえちゃんさんは好きそう」と言われていたけれど、この目で確かめないことにはなんとも。

舞台の幕が上がり、途中までは「やばい、私スズカツ作品ダメな側の人間かも……」と思っていた。ピーチが犬猿雉をお供にするのだが、犬の将聖、かわいいめろね〜🥰くらいの感想しか出てこない……。

しかし鬼ヶ島の会話から一気に面白さが加速する。ここからはもう「楽しい!最高!!スズカツ大好き!!!」になれたので、たぶん私はスズカツ作品が向いてる側の人間なんだと思う。やったね。

昔話の桃太郎では「悪さをする鬼を桃太郎がこらしめる」という描かれ方をしているが、この「ピーチ」(そして原作の芥川龍之介版「桃太郎」)では、鬼は特に悪いことをしていない。

私が「面白い!」と思った鬼ヶ島の会話というのは、鬼ヶ島の大人の鬼が子どもたちに向かって「悪さをすると人間の島にやってしまうよ」と人間の恐ろしさを伝えるものだ。

(最近はそうでも無いかもしれないが)子どもの躾として鬼やおばけといった存在を利用するのはよくあることだが、まさか鬼が人間相手にそれをやっていたとは。

鬼と言えば人間より力があり、大きく、強く、人など恐るるに足らずといった描写をよくされているが、この世界線の鬼は人間を恐れるべき対象と捉えている。

その発想がまず面白いなと思ったし、人間の恐ろしさについて語る時に「あいつらは平気で嘘をつくし、仲間同士で殺し合う」といったようなことを言っていて、確かに嘘をつくのも仲間同士で殺し合うのも人間の特徴だよなあ……と納得させられた。(同種間で殺し合う種族はヒト以外にも多数いるらしいが、縄張り争いや繁殖に伴う結果ではなく「殺す」というためだけに殺すのは人間くらいだとどこかで聞いた。ソースが曖昧なのでこれも間違った情報の可能性がありますが……)

その会話の後、ピーチが「鬼ヶ島を征服したい!」というそれだけの理由で計画を立てるのだが、それだとなんだからと犬猿雉が知恵を出し合って戦争の大義名分を作り出した。もっともらしいことを言ってるようで無理やり作りだした理由なので結構めちゃくちゃだ。

ただその「もっともらしい」話し合いのパートは本当に頭が良さそうで(そのせいで内容をあまり覚えていないのだが)自担がこんなゴリゴリに政治的かつ嫌なセリフ言ってくれたらめっちゃ沸くだろうな〜いいなあ〜と思った(バカの感想?)

ついでに言うと成敗!成敗!が頭から離れなかったので、今後突然成敗!成敗!と私が言い出したら「あ、ピーチのやつね〜」と思ってください(?)

話を戻そう。

鬼ヶ島の会話〜戦争前準備の流れを見て、私が思い出したのは『進撃の巨人』だ。

「○○に似てる」と言うのは褒め言葉にならない、どころか人によっては怒らせてしまう発言であるのだが、私は自分がとある作品に抱いた感情が別作品に抱いた感情と近いものを感じるとそこを結びつける癖がついており、『ルーザーヴィル』では夏目漱石の『こゝろ』を思い出していたので、ここでもあえて書かせてもらう。

『進撃の巨人』は人と巨人の戦い(ファンタジー)としてスタートしたが、実はバリバリ「人間の戦争」を描いた作品で、進撃の世界でも第二次世界大戦下の日本と同じく「敵対国の国民は同じ人間では無い、化け物である」といった教育が施されており(マーレ)、教育の過程で見たこともない存在相手に悪いイメージを膨らませるのは鬼ヶ島でも同様だな〜と思ったりした。

まあその頃の鬼ヶ島は戦争中というわけでもなく、むしろ平和ボケしていたようなので性質はかなり違うが……。

あとはピーチもエレン(進撃の巨人の主人公)も「強大な力を持ってしまった自分の欲求にめちゃくちゃ正直な少年」と雑なカテゴライズをすることも可能ですし……。(まあ本当に雑なカテゴライズだという自覚はあります)

なぜこの2作品に似通った部分があるかと言うとどちらも作者(芥川龍之介/諫山創)が現実世界における「戦争」及び「侵略」をモチーフに書いたからだろう。「桃太郎」が1924年、『進撃の巨人』が2009年連載開始とおよそ85年も空いているのに戦争の本質は何ら変わっていない。

どころか、現在でも変わっていない。

スズカツさんはただ芥川龍之介の「桃太郎」をロック調に仕立てただけでなく、現在の世相も反映させてこの時代に上演する意義のある作品に昇華させたんだと思う。

それが強く現れていたのが、鬼ヶ島が侵略された後に鬼の大将が降伏するシーン。何も悪いことをしていなくても、侵略者がいれば侵略は成立してしまうのだと、ありありと見せつけられた。

おとといテレビで、ガザ地区の子供が「僕たちは何もしていないのに!」と号泣する映像を見たのだが、時代が変わっても世界のどこかでそんな被害者は必ずいるのだな……とやりきれない気持ちになった。

私は安全圏からそれを見るだけで特に何も出来ないのだが、いつまでここが安全圏と言えるかもわからないし……。鬼の言う通りやはり人間は恐ろしい生き物だし最悪だ。

で、ここからは発想がめちゃくちゃ飛躍するんだけど、歴史というのは勝者/権力者にとって都合よく書き換えられるものなので、私たちがよく知る桃太郎も「ピーチ」を美化したものかもしれないな〜と思うと恐ろしくなった。桃太郎自体昔話だし、ピーチの方が後出しだからそれは無いんだけどね。

ここまでちょっと思想強めの内容だったのでここからはオタクらしい感想をちょろっと。

しょせわんわんは本当にベリーベリーキュート♡でした。スズカツ先生がやたらと当て書きが上手いことを「スズカツ占い」と呼んでいる侍担フォロワーがいるのですが、まさに将聖にぴったりの役柄だったと思いますワン。

あじのピーチもめちゃくちゃ良かったよ〜。特にさっきも挙げた降伏シーンね。ブラザートムさんの迫真の演技に負けず、冷酷なピーチの表情を見せてくれて。

多少なりとも人の心があればあの鬼の涙を見て同情せざるを得ないのに(まあそんな人ならそもそも侵略とか考えないでしょうが……)ずっと我が道をゆくピーチを演じきっていたのが良かったです。あじは普段割とニコニコしてるから余計にね。

あと音楽もかっこよかったです。私は「青木担で侍担なのに音楽がわからないよ〜。えーん、えーん。」とぐずっていたようなオタクくんなので具体的に何がいいとは言えませんがとにかくストーリーロッキングと名付けられただけあって生演奏がかっこよかったです。音楽が好きな人はそれだけで行く価値があるんじゃないのかな。

☆彡青木くんがKappaぶりにまたスズカツ作品に出てくれますように☆彡

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この記事を書いた人

2022年秋に突然少年忍者にハマった新規オタクです。現場の感想や日記を書いています。

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