私が少年忍者にハマったのは2022年の秋。男性アイドルを推したことがないのに突然ジュニア担、それも忍者担になったことで周囲のオタクからは結構珍しがられていた。新規青木担としてツイッターを動かし始めたその時から解体というワードは身近にあった。というか、それより前からずっと言われていた、らしい。
2018年に結成した少年忍者。何度かメンバーの増減を経て、2022年に21人体制になった。男性アイドルグループとしては異例とも言える大所帯だ。

2021年より前の少年忍者の歩みについては、このブログに詳細が記してある。※トップ用に投稿日時を未来にしています との注意書きがあるように、投稿日時は2030年だけれど実際の最終更新は2021年のようだ。この方は今どうされているのだろうか……。まだ忍者担なら、ぜひこの方に少年忍者の歴史をまとめていただきたい。
私が少年忍者を知ったのは21人になった少し後のタイミング。だから私の中で少年忍者といえば21人グループだった。少年忍者の歴史で21人体制の期間は2年8ヶ月と最も長く、TWENTY ONEというオリジナル曲もできた。
長きに渡り解体を囁かれ続けてきた少年忍者。そんな声を跳ね除けるかのようにここ数年勢いづいてきたが、結成から約7年半となる2025年11月12日、解体が発表された。私が少年忍者を推してきた3年間を振り返る。
2022年
青木くん並びに少年忍者との出会いはこちらに書いているので気になる方はどうぞ。

私が少年忍者を知った2022年秋、公式サイトや各種クレジットのメンバーの並び順はセンターのヴァサイェガ渉で始まる「5.7.9」だった。
1列目に5人、2列目に7人、3列目に9人。
ヴァサイェガ渉、川﨑皇輝、北川拓実、織山尚大、黒田光輝。
安嶋秀生、内村颯太、深田竜生、元木湧、檜山光成、青木滉平、豊田陸人。
小田将聖、田村海琉、久保廉、山井飛翔、瀧陽次朗、稲葉通陽、鈴木悠仁、川﨑星輝、長瀬結星。
忍者担の間では、5忍、7忍、9忍と言われていた。
注意が必要なのは、「5忍」と「5忍者」は別物だということ。
「5忍者」は昔あったユニットの名前で、メンバーはヴァサイェガ渉、川﨑皇輝、北川拓実、内村颯太、元木湧の5人。
5忍と7忍の12人は兄組、9忍は弟組と呼ばれていた。理由は単純、兄組は2001年生まれ~2003年生まれ、弟組は2003年生まれの長瀬+2004年生まれ~2006年生まれというメンバー構成だったから。
この頃は兄組と弟組で違う仕事をすることが多くて、22年秋も「兄組はDREAM BOYS(ドリボ)、弟組はA.B.C-Zのバック」をしていた。全員仕事はガルアワくらいかな?どれも私は行けていませんが。
2022年4月1日に公開された少年忍者とLil かんさいの主演映画『ぼくらのサバイバルウォーズ』の円盤が11月23日に発売されたので、届いた円盤を鑑賞したり、HMVやタワレコにパネルを見に行ったりした。ツッコミどころ満載の映画だがみんな可愛かった。
12月に初めて『ジャニーズ伝説』に行った。弟組のみの出演だったので、「やっと生の少年忍者見れた!でもまだあと12人いるのか~。多いな~。楽しみだな。」という気持ちだった。
『ジャニーズ伝説』で、少年忍者初のオリジナル衣装がもらえた。緑色のキラキラした衣装。当時A.B.C-Zの河合くんの計らいで、同じくジャニ伝に出演していた7 MEN 侍とSpeciaLもそれぞれオリジナル衣装をもらっていた。
兄組のオタクの間では「なんで弟組だけ?」と不満があったみたいだった。兄組と弟組で仕事がバラバラだったから、オタクの間にも分断があったらしい。「みたい」「らしい」と伝聞の表現をするのは、当時の私には忍者担の友達がほぼいなくてなぜか侍担とばかり繋がっていたためあまり実感が無いからです……。
大晦日、カウコンに忍者が初出演した。夜の時間帯にお仕事ができるのは18歳からなので、12月31日生まれのつーちゃん(山井飛翔)は18歳なりたてほやほやの最年少出演者になっていた。
つーちゃん達と同学年だが早生まれでまだ17歳の星輝、その下の学年(高2)の久保廉と通陽、2学年下(高1)の将聖と海琉は年齢で引っかかって出演できなかったので、5人でお留守番組として島動画を撮っていた。「2024年には全員で出ようね~」と島動画をほっこり眺めていたこの時、2023年にジャニーズ事務所がなくなりカウコンも開催されないなんて夢にも思わなかった。
2023年
カウコンを見たあと少し眠り、バックの弟組目当てに東京ドームまでHey! Say! JUMPの15周年公演を見に行った。年末年始のJUMPコンで使っていたドームに他のタレントが集まる形でカウコンをやったので、つーちゃん、瀧くん、悠仁、長瀬は年末年始ずっと東京ドームにいたことになる。
その後忍者が先輩のコンサートのバックにつくことはなく、私はジュニア担なのに自担がバックについたコンサートに一度も行ったことがない。
年明けの『JOHNNYS’ World Next Stage』(ジャニワ)に兄組が出演。私が初めて行った青木くんのいる現場だ。

そこで兄組もオリジナル衣装がもらえた。弟組の衣装の色違いで、5忍が青、7忍が紫。寒色系でまとまっていていい感じだった。
4年以上オリジナル衣装がもらえなかったのは、人数が多くて予算が嵩むから……というのももちろんあるだろうけれど、それより「成長期に採寸してもすぐサイズアウトする」のが主な理由だったんじゃないかなと予想している。この時最年少のしょせかいが高1で、特に海琉はその後も身長を伸ばしたけれど、それ以外のメンバーは身長はあまり変わっていないはずだ。
ジャニワでは、少年忍者3曲目のオリジナル曲となる『Journey Must Go On』が初披露された。メンバーの約半数でオリ曲の初披露っていうのも普通じゃありえないんだけれど、それでも他グルの倍のメンバーがいるからフォーメーションダンスが成立していた。織山振り付けで、帝劇のスクリーンに堂々とChoreographer Nao Oriyamaと表示されていた。この時まだおりちゃん19歳だよ、すごいなあ。
少年忍者初のオリジナル曲『太陽の笑顔』は2020年秋に初披露、2曲目の『Merry Very Go Round』は2022年夏に初披露とかなり期間が空いたので、まさか半年で3曲目がもらえるとは思わなかった。私が新曲を聴けるのはもう少し先だろうなと思っていたのでとても嬉しかった。
ところで、今でこそ少年忍者の合言葉となっている「絶対勝つぞ」だが、初出は忍者現場ではなくジャニワの上演発表の際に東宝演劇部が投稿した動画だった。
メインの出演者であるHi美+兄組が集合した短い動画で、何の脈絡もなく内村くんが「絶対勝つぞ!」と言い出したのだ。
……何に!?
こういう合同メンツではだいたいHiHi Jetsの髙橋優斗が喋るものだと相場が決まっていたし、忍者から代表となるとリーダーの川﨑皇輝というのがお決まりだったのに、その時はなぜか内村颯太だった。
この件に関しては後日ISLAND TV(公式サイト内でジュニアが投稿していた動画。通称島動画)の「川﨑兄弟の10分ラジオ」で経緯が明かされた。ゆうぴが忍者に振り、皇輝くんが「こういうのは内村が得意です」と内村くんを指名。「サッカー部みたいにやりたいんで『絶対勝つぞ!オー!』でいかがですか?」という内村くんの提案をゆうぴが気に入り、そのまま採用されたという。
皇輝くんからいきさつを聞いた星輝も「何と戦ってんの!?」と困惑していた。なお、「サッカー部みたいにやりたい」と言った内村くんは、中学時代卓球部だった。
2月に大阪松竹座で『東西ジャニーズJr. Spring Paradise』(スプパラ)があった。スプリングパラダイスと銘打った公演ではあるが、2月の大阪は雨に混じって雪が降っていた。
少年忍者初の地方公演ということで、ファンだけでなくメンバーもウキウキした様子だった。Youtubeで寝起きドッキリとかあるかな~と期待していたけれどそれは無かった。しっかり眠れたなら何よりだ。
スプパラは円盤が存在しないので残念ながら見ることはできないが、スプパラでは悠仁が自作のソロ曲『アドレセンス』を披露した。披露したのはこの時だけで、幻の一曲となっている。
スプパラ本当に楽しかったな~。個人的に初の21人現場で思い入れがあるだけでなく、スプパラのテーマソング『春に会える君と』が素晴らしい神曲だったのだ。
スプパラは大阪公演だけでなく東京公演もあったのに、なぜか忍者だけ大阪公演のみ出演だった。何かあるのかなと思っていたら、スプパラのオーラスでグループ主演舞台の発表があったとレポが流れてきた。しかし青木くん含め、何人かは出演しないという。グループ主演で全員揃わないって何事だよ!
少し経ってから、内村くんと通陽は『最強で最高の自慢の息子 season2』に、拓実くんと青木くんは『R&J』に出演すると発表された。
5月には『俺たちのBANG!!! ~大劇場を占拠せよ~』が始まった。東京公演、大阪公演、名古屋公演。忍者初の3都市での公演だ。そんな俺バン、『タイトル未定』のまま申し込みが始まり、申込期間が過ぎてもタイトルもあらすじも出てこなかった。タイトルが発表されたのは4月。
初日の朝にゲネプロの記事が出て、突然いろいろ解禁された。事務所ありえなエピソードのひとつである。
こんなめちゃくちゃなやり方でもちゃんと新橋演舞場が埋まるくらいには忍者は人気だった。皇輝くんもそれを自覚していたらしく「皆さん、『タイトル未定』の何もわからない舞台に申し込んで足を運んでくださってありがとうございます」といった内容の挨拶をしていた。皇輝くんは何も悪くないのにいつも忍者を代表してお礼や謝罪をしてくれていたなあ……。
21人揃わなかった俺バン。青木担の私は当然、最初は落ち込んでいた。せっかくのグループ主演舞台なのに青木くんは出られないなんて……。しかしいざ俺バンを見てみたらショータイム以外私好みではない嫌な脚本だった上、『R&J』が非常に良質な作品だったため、すぐに機嫌を取り戻した。
俺バンについてはこちらのブログに記載済み。

私にとってトラウマとなっている湧の「俺と青木には時間がねえんだよ」だが、この時は「22歳定年制度」があったので本当に気が気じゃなかった。あおわくはその時21歳で、次の誕生日で22歳になる年だった。今となってはこの制度もうやむやになりましたが……まだ生きてるのか?忍者とりとかんを除けば無所属の最年長が阿達くんと竹村でまだ20歳なのと、この2人は無所でもトップクラスの人気だから、ちょっとわからない。
念の為書いておくが、22歳定年制度は、22歳になったら退所しなければならないというシステムではない。22歳以上のジュニアは複数人いたし、当時まだジュニアだったAぇ! groupの最年少の佐野晶哉くんはあおわくと同い年だ。
ジュニアの数自体減ったし(2023年のわっしょいCAMP時点では200人近くいたが2025年11月現在は143人)、上が詰まっているからか入所の数も絞られているっぽい。2024年入所は関東1人関西1人だけだった。この調子だと「同期」って存在が絶滅危惧種になるのかもね……。
その関西ソロ入所の子も退所してしまった……なんで!?1人だけの入所ってことは期待されてたんじゃないのか?1年も経たずに……。あ、関東ソロ入所の西原至さんはバリバリ働いております。この子は絶対大物になるね。
話を戻そう。俺バンでは、新たなオリ曲『TWENTY ONE』が初披露された。
メンバーで協力して作った曲なので、作詞作曲のクレジットが「少年忍者」となっている。
雨が続いても 胸は錆びないように
少年忍者『TWENTY ONE』 作詞/少年忍者
忘れないために 心に刻むんだステージ
歌詞がわりと好き。
2023年6月11日。公式サイトのプロフィールの並び順が突如変更された。あまり好きな言葉ではないが、オタクの間では「序列」と呼ばれるものが変わったのだ。上がった人もいれば下がった人もいた。青木くんは真ん中らへんでほぼ変わらなかったので私としてはあまりショックはなかったが、やはり渉担と海琉担は色々と思うところがあっただろう。
センターだった渉は3列目のセンターに、3列目のセンターだった海琉が少年忍者のセンターに。このふたりが新旧センターとして立ち位置が入れ替わる形になった。
あれから2年以上経つのに、未だに私は忍者を数えるときに渉からスタートさせてしまう。決して「海琉センターを認めていない」とかではない。最初に覚えて馴染んだ順番がいちばんしっくりくる、それだけだ。
だからこれより後にハマった人は海琉から数えるだろうし、私より歴の長いオタクはまた別の並びがしっくりくるんだと思う。名前順や年齢順で覚えている人もいるかもね。
それまで雑誌は5.7.9で別れて撮ることが多かったが、新たに7.6.8の括りが生まれた。
田村海琉、織山尚大、川﨑皇輝、内村颯太、深田竜生、黒田光輝、檜山光成。
久保廉、小田将聖、元木湧、北川拓実、青木滉平、安嶋秀生。
ヴァサイェガ渉、鈴木悠仁、瀧陽次朗、山井飛翔、川﨑星輝、長瀬結星、豊田陸人、稲葉通陽。
私は7忍が好きだったから、雑誌の括りが変わったのは結構悲しかった。内村深田豊田の高身長組に男らしい顔立ちの安嶋檜山といると、最年長(あおわく)の可愛さがより際立って……その逆もまた然り。もちろん、みんな可愛いしかっこいいんだけどね!毎月さまざまなテーマで撮影していたけど、コンセプトごとに全然雰囲気が違っていてアイドルってすごいなと思ったよ。
会話もかなりフリーダムで、この頃の雑誌は新規ハイ抜きにしてもお気に入り。うちわくやひやあおといった王道コンビもあれば、深田と豊田くん(このふたりのコンビ名ってなんだろう)など今後が楽しみなコンビもあった。スプパラで豊田くんが深田に「りっくー」って呼ばれたいみたいなことを言ってたのが懐かしい。まあ、雑誌がどんどん休刊し、さらにはグループまで解体となった今となっては、どんな括りでもありがたいんですがね……(泣)
この夏、ありがたいことに少年忍者はテレ朝のサマステサポーターに選ばれた。サマステサポーターの特権として、サマステテーマソングでキラキラの夏曲がもらえることと、メンバープロデュースの飲食物の販売がある。『OH!サマーKING』『おいで、Sunshine!』といった名曲も、すべてサマステで生まれたのだ。
忍者のサマステテーマソングは『Amazing Summer』。アメサマだ~いすき!それに、2023年に入ってから一気に3曲もオリ曲ができて嬉しかった。
新衣装ももらえた。赤と白でそれぞれ個性溢れる違ったデザイン。初のオリジナル衣装はデザインは統一で色は3色に別れていたので、その逆の、同じカラーリングでバラバラのデザインの衣装がうれしかった。
メンバープロデュースの飲食物は、「忍じぇらーと」という21種類のジェラートアイスだった。
そんな忍じぇらーと……聞いて驚け!

1個900円!
(青木くんは桃味をプロデュースしていたが、私は桃が食べられないので久保廉の大学いも味にした)
同年に販売されたミライBoysプロデュースのカレーはハンバーグと目玉焼きまで乗って800円だったのに……これは勝手に少年忍者七不思議のひとつに認定している。(カレーと違ってたくさんの種類のジェラートを冷やすのにコストがかかるからか?)
忍じぇらーとはおいしいことにはおいしいが、正直言って「どうせ900円支払うならハーゲンダッツ3個買ったほうが良いな」程度のクォリティーだった。それでもオタクというのは「好きなアイドルがプロデュースしたから」というだけで900円のジェラートを買うために炎天下で長蛇の列をなす哀れな生き物なので、整理券が必要なほどに連日大盛況だった。
夏の良い思い出なので買ったことは後悔してないが、しばらくの間900円未満でボリュームのある食べ物を買う度に「忍じぇらーとより安い!」と言っていた。嫌なオタクである。
ついでに驚きポイントとして、これだけ種類があるのにチョコ味がなかった。ホワイトチョコはあったのに。黒田くんは黒あめ味にしていた。「黒糖味ではないんだ」と思った。
忍じぇらーと、「全21色!箱推しセット」もあった。そんなの頼む人いるのか?と思ったが、なんと全種セット購入レポがTLに流れてきた。頼む人いるんだ。
余談だが、この時私は忍者担の友達がほとんどいなかったので、「1人で21個もアイス食べきれるわけないだろ」と思っていたのだが、全種セット購入した人は(当然っちゃ当然だが)友達と分け合って食べたらしい。「友達がいるっていいなあ」とうらやましくなった出来事だった(今仲良くしてくれてる忍者担の友達に、心から感謝……)。
公演自体はとても楽しかったのだが、オペレーションが最悪で初日は開演が20分押した。

この年のサマステは皇輝くんのお誕生日公演があって、みんなで皇輝くんの21歳のお誕生日をサプライズでお祝いできてEXシアターが幸せな空間と化していた。
深田が話をちゃんと聞いていなかったのか、サプライズ開始の合図で照明が落ちた時に停電と勘違いして客席に向かって「皆さん大丈夫ですよ!」と言っていた。大丈夫なのはわかってます。
サマステのテーマソングはMステで披露できるので、有名番組に出演できるんだなと放送を心待ちにしていた。パフォーマンス自体はとてもキラキラしていたのだが……ツイッターの告知動画は前列メンバーのみ、ひな壇にも全員座れない、と大人数のデメリットも実感してしまう結果となってしまった。
この年は7月に京セラドーム、8月に東京ドームでジュニア合同現場『ALL Johnnys’Jr.2023 わっしょいCAMP! in Dome』が開催された。最後に「俺たちが~?ジャニーズJr.~!」と叫んで銀テが発射されたが、この挨拶がもう聞けなくなるとは思いもしなかった……。
9月には『DREAM BOYS』(ドリボ)があった。主演はSnowManの渡辺翔太くんとSixtonesの森本慎太郎くん。
これが最後の「兄組」の仕事だった。この時の公演ポスターの兄組のクレジットはヴァサイェガ渉始まりだった。まあ、ドリボに関してはどう考えても川﨑皇輝を先頭にするべきだが……。
ドリボのクレジットは変わらないなら、海琉センターは今年の夏限定なのか?とか思ったりもしたけど、結局その後も海琉センターで固定された。単に去年のドリボと同じクレジットの使い回しだったみたいだ。
そんなドリボ、織山くんが体調不良で休演することに。檜山くんが代役でアイドルチームに入り、内通者役は渉が担っていた。
おりちゃんのことは心配だったが、彼はなんと約1か月後、10月1日のガルアワで活動再開した。
この動画何回も見たな~。ビトラがマジでかっこいいの!あとJOYのラストで青木くんがセンターでトランペットを吹く姿が眩しくて大好き。
その翌日、10月2日に会見があり、10月17日からジャニーズ事務所ではなくなると発表された。
「ジャニーズ」という固有名詞が封印され、「ジャニーズJr.」はどうなるのかと思ったら、「ジュニア」という独自性のなさすぎる名称になり、「千原ジュニア」と「(ジャニーズ)ジュニア」のアンジャッシュが発生する世界線になってしまった。
11月下旬から、青木くん初の単独主演舞台『幻のイントルーダー』を全通した。平日仕事終わりにガンダでREDシアターに向かう日々を過ごしていたのだが、あまりにReal Faceだったので、見学に来たメンバーをロビーで見かけることが多々あった。REDシアターのロビーはめちゃくちゃ狭いので、現場で見るより近くで見てしまってなんだか申し訳なかった。
湧が見学に来た時、湧の特徴的な笑い声が目立つ上に「そこで笑うんや」みたいなところで笑うので、「湧の笑い声につられてオタクが笑う」現象が発生してカオスだった。そのことをツイートしたら、それを見たのかたまたまかは不明だが、遭遇情報アカウントに「幻のイントルーダー 見学 湧くんの特徴的な笑い声が響き渡っていたそうです」と書かれていた。あ、誤解してほしくないんだけどイントルーダーはめちゃくちゃ面白いコメディ舞台だから湧は悪くないよ!むしろ楽しかった。
これで演出の瑞樹さんとご縁ができたのか偶然かは知らないが、2年後に湧はWBB作品で主演を務めている。良かったね♪
外部舞台についても書いておこう。忍者は結構舞台に立たせてもらうことが多かったので、コンスタントに外部現場があった。わりとみんなちゃんとお芝居のできる子たちだったからこそ、俺バンがあのような仕上がりになってしまったのが残念だ……。
あと、メンバーが多い分見学と被ることが多かった。皇輝くんとは2週間で3回現場が被ったことがある。見学熱心で立派だ。
忍者はわりと外部舞台の引きが良く、おかげでたくさんの良い作品に出会えた。ありがたい。特に『町田くんの世界』は屈指の名作だった。ぜひ再演してほしい。
12月、ISLAND TVがクローズした。一体いくつの貴重な資料が失われたことか……。個人が録画して保存したものはこの世にあれど、正規ルートで見ることはできないので新規が合法で見る術は無い。島動画を返してー(泣)
私は容量の無さと怠惰なのとで保存を諦めたが、忍チャレ電話回の悠仁はなぜか画録が残っていた。なんでだ……?(どうせメロついていたからに決まっている。当時悠仁はまだ10代だったというのに情けない成人女性だ)
せっかくなのでこの悠仁の島動画は消さずに取っといてある。欲しい人はDMまでどうぞ。
忍チャレとは、毎月1個お題を決めて各メンバーがそれに挑戦する動画シリーズのこと。大喜利のようなテーマから胸キュン系まで多岐にわたるお題が用意されていて、撮影・編集・投稿スケジュールは青木くんが担当していた。投稿のスケジュールについては「ブログが前半日程の子は後半に来るように」など供給のバランスを鑑みて組んでくれていたようで……自担、えらすぎる(TT)
そういえば島動画があった時代、退所したタレントが映っている島動画は削除され、それで退所を知る……みたいなことがまあまああった。
2024年
元旦から『Act ONE』が始まった。

『DREAMERS』の初披露もこの時。
Act ONEの円盤欲しかったな。帝劇だし、新衣装も増えたし。
忍者パートが素晴らしい出来栄えで、他グル担にも「忍者良かった!」とたくさん言ってもらえて鼻高々だった。忍者の単独公演は倍率が高く、他グル担に見てもらうハードルが高いので、ちゃんと見てもらえてしかも高評価だったのが嬉しかった。
2024年は好調な滑り出しかと思いきや、1月6日、内村くんの休養が発表された。
Hi美侍忍者の芝居パートで内村くんの「絶対勝つぞー!」の掛け声に忍者が「オー!」と応じて、嶺亜さんがそれに「お前らうるせーんだよ!」とバチギレするシーンがあるのだが(変な舞台……)、忍者担のみならずなぜか他グル担のフォロワーまでもが内村くんの「絶対勝つぞ」を惜しんでいた。
まさかその場のノリでたまたま生まれたワードを言い続けることでグループ内の合言葉として浸透し、合同現場のセリフにもなって、忍者担以外にまで愛されるとはな……。「継続は力なり」を感じた瞬間だった。うちわくはインフルエンサーの素質がある。(元木~?ワクワク!)(絶対勝つぞー!)
結局「絶対勝つぞ」は深田が引き継いだのだが、当時の私は「深田には申し訳ないが嶺亜さんのおまうる(お前らうるせーんだよ!)に対抗できるのは内村くんだけや」と言っていた。内村くんは本当に声量がすごいのだ。
そういえば、少クラの後継番組として『ニュージェネ』が始まったのもこの年だった。あまりにスピーディーに番組終了したから忘れかけていたぜ。
私は『ザ少年倶楽部』(少クラ)もニュージェネも観覧に行ったことがない。いつか行こうと思ってたらどちらも終わってしまった……。「いつか」なんて言ってないで「今」行くべきだ、アイドル現場は。
3月1日から、少年忍者のブログ「忍ばない少年たちの交換日記」が24時間で消えるスタイルにリニューアルされた。インスタのストーリーかよ!ただでさえ忍者は各メンバー月イチ更新なのに!不定期更新(SNS風のちょっとした投稿)ができたので、そちらに関しては嬉しかった。
5月に横浜アリーナでの単独公演が開催された。
タイトルは「少年忍者 Arena Concert 2024 The Shining Star」。YouTubeの配信で「シャイニング(輝く)スター(星)で実質星輝だね」と話していたので、そのうちオタクが横アリ公演のことを星輝コンと言い始めた。
星輝、現代の若者らしくそれなりにSNSをチェックしているようで、インライでオタクに対し「他のグループのファンの方がパニックになるので、星輝コンって言わないでください」と言ってメンバーが爆笑していた。星輝コンと言われたら星輝のソロコンとしか思えないもんな。
横アリの当落はかなり渋かった。GW明け直後という日程に、EXシアターの10倍近くあるキャパ。それでもぜんぜん当たらなかった。長期公演と違って2日間3公演しかないので申し込みが集中するにしても、忍者って人気なんだなあ……と思った。
事務所に偉大な先輩が多すぎてジャニオタは感覚が麻痺しているが、横アリを埋められるなんて本当にめちゃくちゃすごいことなのだ。と、別界隈から来た私は強く思う。(忍者ではないが)なんでアリーナツアーを埋めるグループが解体されたのか不思議でならないよ……(泣)
初めての個人うちわが発売された。これは本当にうれしかった!記念に全員分買った。
ありえないくらい長いアクスタも発売された。別界隈の現場に持っていって友達に見せたら大ウケした。
公演タイトルにもなったシャイスタの、2番が初披露された。シャイスタはもともと帝劇でやっていた曲なんだけれど、2番は忍者しかやっていない。これもう忍者のオリ曲でいいかな?
横アリ2日目昼に『PASSION!!~忍 in the Summer 2024~』(忍サマ)の開催が発表された。こういうのってオーラスに発表かと勝手に思っていたから、夜じゃなくて昼なんだ!?と驚いたが、今年も忍者と夏を過ごせることがわかってとても嬉しかった。
6月に内村くんの復帰が発表された。アイドルは精神的負荷の高い仕事だ。年単位でお休みするアイドル、復帰せず引退するアイドルもいる中で、半年での復帰のお知らせは喜ばしくもあるが心配でもあった。
この時確か忍サマの申し込みは終わっていた気がする。事務所、申し込み終わる前に教えてあげなよ……。(しかしさすが内村担、忍サマで最前や通路横を陣取ってぶんぱうわうでめちゃめちゃ青ペンラをぶん回していた。)
忍サマでは新曲『Na Na Na』が貰えた。JUMP曲などでおなじみ・辻村有記さんが作詞作曲してくださったそうで……忍者はJUMPも辻村さんも大好きなので、良かったねえと思った。
本当に素敵な曲なのに、CDが無いからYoutubeでしかのパフォ動でしかアクセスできないし、辻村さんのWikipediaの提供楽曲にも記載されていない。辻村さん楽曲だと知れたのも、たしかHey! Say! JUMPの有岡大貴くんがラジオで教えてくれたからだったような……少クラがなくなったので曲を作った人を知るのも一苦労になった。Youtubeのパフォ動の概要欄に書いておいてくれよ。
Na Na Naにぴったりの爽やかで可愛い新衣装の嬉しかったなあ……この衣装でアクスタ出してほしかった。
10月からドリボがスタートした。帝国劇場が改修工事に入るので、現帝劇がクローズする最後の1年に上演する貴重な作品のうちのひとつになったわけだが、ドリボは脚本がかなりツッコミどころ満載なので、なんか……「良いんですか?」という気持ちになった。

7 MEN 侍が2ヶ月70公演という労基スレスレスケジュールで働いた結果ドリボには出演せず、なべもり+鳳さん紫吹さん+少年忍者21人という編成でやることに。
前年までは5忍がアイドル、侍がチャンプチーム、7忍が練習生という役柄だった。チャンプチームを一体誰がやるのか……。
配役はこうなった。
弟:皇輝(続投)
アイドル:拓実(内通者の役割追加)、渉、黒田(続投)、海琉(初出演)
チャンプチーム:織山(前年までアイドルで内通者)、安嶋、深田、湧、檜山(前年まで練習生)、星輝(初出演)
練習生:内村、青木、豊田(続投)、将聖、久保、山井、瀧、稲葉、悠仁、長瀬(初出演)
ちなみに嶺亜さん演じるレイアが刺されるシーン(実際はレイアの自作自演なのだが……)は「刺されいあ」と呼ばれていたが、語呂が悪いのか刺されるナオの固有名詞は発生しなかった。
私は行っていないのだが、なぜか10月11日のバスケの試合のハーフタイムショーのシークレットゲストとしてあじ、湧、将聖、星輝、長瀬の5人が出演していた。その日の昼はドリボに出ていたのに……働き者だ。
シークレットゲストと言いつつも、バスケチーム側がファンクラブに配信するメールで縦読みで匂わせをしていたらしく、噂を聞きつけた忍者担がぼちぼち有明アリーナにいたらしい。私はそんな噂をまったく知らずにのんきに過ごしていたが、幸い自担が吹奏楽部出身文化系男子だったため命拾いした。
ABC座2024『大金星(BIG VENUS)~時代(とき)を超えて~』に皇輝、青木、渉、星輝、長瀬の5人が出演して、なんでこの5人?と不思議だったが、どうやら「動ける子たち」という理由で選んでいただいたようだ。ソースがどこか忘れてしまったが……戸塚さんのブログかカテコのレポで見たのかどっちだっけ……わかる方いましたら教えてください。
同時期に深田、黒田、檜山、湧、安嶋、悠仁、稲葉、豊田が舞台『夢見る白虎隊』に出演していた。えび座の東京公演が11/25〜12/8までTDC、白虎隊の東京公演が11/21〜11/25までIMMシアターでやっていたので、11/25はグループ現場ではないのに忍者担が水道橋にたくさんいた。
2025年
帝劇が使えないため、合同現場『Showbiz』は有明アリーナで開催された。
黒田くんと深田は外部舞台『ジャングル大帝』のため出演なし、将聖は大学受験のためお休みだった。
最悪の現場でしたね~ほんまに!

わっしょいCAMPもAct ONEもグループでのパフォーマンスがあった上でシャッフルコーナーをしてくれたわけだけど、Showbizはグループでのパフォーマンス……ありませんでしたからね!
2月12日。リニューアルに向けてジュニアCHANNELの休止が発表された。
Youtubeの話もしておくか。
正直、大人数のデメリットを一番実感したのがYoutubeだった。
毎週全員が出るわけじゃない上に、出演に偏りがあったから、出演の少ないメンバーは1~2か月空くことだってあった。ショート動画でお昼に予告が上がるようになる前は、忍者担は水曜夜にYoutubeがアップされると「今週は自担がいるのか?」と確認作業をしなければならなかった。
予算がかかるからだろう、外ロケの回数も他グループに比べて少なかったし、ご褒美で行けるはずだった海外ロケも東京ドイツ村で手打ちになった。ふざけんなよ、じゃあ私もこないだスペイン坂行ったから海外旅行ってことにしてやろうか?スペイン村じゃなくてスペイン坂なんだ
料理企画も全然なかったし。一応最後のほうで炊き込みご飯とか作ってたけど、もっといろいろ見たかったよ。料理できるメンバーわりといるのに。
それから幼少期神経衰弱、全員分やってほしかった!自担の幼少期なんて見たいに決まってるじゃないか。
いろいろ文句は言ったけど、編集さんが優しいのは好きだった。メンバーが自虐発言した時にテロップで「そんなことないですよ」って言ってくれるようなところとか。編集さんも時期によって違うみたいなんだけど、その時期によって違う良さがあった。
いくつか好きな回を紹介しよう。
めちゃくちゃ笑ったのはこの回。絵も芝居も全部がおもろい。稲葉画伯は神。
あとこれも笑った。ぴかぴかは終始予測不能だし周囲のリアクションも面白かった。
ほっこりしたのはこれ。2月の解体と将聖退所でこの8人のうち半分が新たな道を歩んだのですが、ついに忍者ごとなくなってしまうとは(泣)
親アンケートも外せないよね。可愛いんだほんと。この頃はみんな若くてだいたい実家暮らしだったようだけど、今や結構な数のメンバーが一人暮らししてお互いの家に泊まったりしてるみたいだからね。成長だ。
もちろんダンプラも大好き!
Youtubeは消されないと2月でわかったので、忍者も頼みますよ……。
2025年2月16日。
HiHi Jets、美 少年、7 MEN 侍が解体され、ACEes、KEY TO LIT、B&ZAIが結成された。
公式サイトのメンテナンスが入り、メンテが終わったらプロフィールが一新されていた。その後、局メールが来て、局動画も上がっていたと気づいた。
たまたま本髙担と今野担と遊んでいたタイミングで、本髙担が「うちら今からバンザイ担ってコト!?」と居酒屋で叫んでいたのは忘れられない。
実はその前から匿名でリークがあったのだが、どうせデマだろうと信じていなかった。こういったデマは定期的にある。2019年にはHiHi Jetsと美 少年が合体して「令和イレブン」でデビューするとか言われていたらしいし。でも、今回に限っては本当だったのだ。
グループ名はタレコミの時点で決まっていなかったのかタレコミ主が知らなかっただけなのかは不明だが、グループ名の代わりにKEY TO LITは①、ACEesは②、B&ZAIは③と番号が振られていた。まあグループ名を書いたところで「令和イレブン」とどっこいどっこいのダサさでデマ感は拭えないのだが……。(やっぱり名前変だよ!)
もともと美 少年がTIRTIRというコスメブランドの広告に起用されていたのだが、解体発表前に一部店舗でそれが現ACEesの広告に貼り替えられていたり、予兆は他にもあった。それでも信じたくなかったんだよな。
特に信じられていなかったのは現B&ZAIのリークだった。「これ書いたやつ③で急に飽きただろ」とか言われてた。
私の周りだけかもしれないが、その時点ではバンドグルなのではという発想に至らなかったのだ。元々7 MEN 侍の4人がいるのにそう思えなかったのは、単純に8人ってバンドにしては多いから。それにバイオリンが入るとは思いもしなかった。通陽は忍者バンドでベースを担当していたが、さすがにあれだけ弾ける矢花さんがいる時点でベースでの引き抜きも考えにくかった。
それに、アリーナツアーも冠番組もドラマ主演もやってきた橋本さんと、グループにこそ入れたものの、大人数の中で悔しい思いもたくさんしてきた星輝、通陽、悠仁。
全員紛れもなく素晴らしいアイドルではあるが、橋本さんとほみゆ(星輝、通陽、悠仁)ではこれまでの事務所からの扱いが違いすぎて、当時は彼らが同じグループになるイメージがまったくつかなかった。私は見てないが、2021年の『少年たち』では橋本さんは主演で、ほみゆは看守役だった。
まあ、いざ実現したらB&ZAIって本当にかわいいグループになったんですがね……♪
メンバーは減ったものの、少年忍者は17人で継続とのことだった。新グループ結成のお知らせだけ見た瞬間は青木くんが無所属になったのではと早とちりしていたから、不安要素は多くあれど、忍者が残ることにひとまず安堵した。
4月13日に『ACEes Arena Tour 2025 PROLOGUE』の有明公演に遊びに行った。深田はメンカラ緑になっていた。私が入ったのが深田の誕生日公演ということもあり、緑ペンラ多めに感じた。
深田がセットの上で歌っていて、そのセットをスタッフさんが動かしてくれているのを見たとき、突如23夏のEXを思い出した。渉、豊田くん、悠仁のユニ曲『Fast Lane』で、3人が乗ったセットをメンバーが動かしてくれていた姿が突然フラッシュバックしたのだ。別に深田はその曲には出てないのに……。
なんだか急に深田が遠くに行ってしまった気がした。
元々アイドルは手の届かない存在なので別に前が近かったわけじゃないんだけれども。ACEesのツアーがサマステより遥かに豪華だったとて「大きい会場でちゃんと予算をかけてもらう」ライブは横アリで既に見てたわけだし。
深田の隣にいる人が忍者じゃないのに、「合同現場でたまたま居合わせた人」ではなく今の深田にとっての「メンバー」なんだなと思うと不思議な感覚だった。オレンジじゃなく緑のペンラに反応してるのも見慣れなかったな。それはきっと有明初日の深田担がいちばん実感したことだろうけど……。
4月16日、将聖が退所すると発表があった。最年少で、みんなに愛されながらぐんぐん成長していた将聖が去るのは寂しかったが……事務所の度重なる愚行を見てきたので、「行かないで」とは言えなかった。まだ大学1年生。可能性に溢れた未来ある若者。これから先、なんだってできる。
将聖が少年忍者として最後に立つステージは舞台『君のクイズ』という作品で、拓実くんが主演だった。「おもち兄弟」のお兄ちゃんに見送ってもらえて良かったねとしんみり……。拓実くんはその直後にミュージカル『チョコレート・アンダーグラウンド』が控えていたので、君のクイズ本番期間にチョコアンの稽古をしていた。働き者だ。
4月21日、ブログがリニューアルされて24時間で消えなくなった。これはシンプルにありがたかった。かわりに不定期更新はなくなりましたが、それでも全然助かる。しかも!月イチ更新から週イチ更新になった!本当にありがたいことですよ。
5月にYouTubeが再開した。16人でもまだ多いはずなのに、21人に見慣れていたから「少ないな……」と寂しくなった。
次の現場がなかなか発表されずに不安な日々を過ごしていたが、6月11日、Youtubeの生配信で『This is 忍者』の開催が発表された。Showbizが最後のライブにならずにすんでホッとした。
6月25日、26日にB&ZAIの初現場、『First Beat』に行った。バンドグルのB&ZAIはメンバーの半数が元7 MEN 侍かつ、私自身2023年から忍者担と並行して侍担をしていたので、どちらかというと侍担的センチメンタルに襲われたのだが、MCで通陽がたくさん喋ってるのは忍者担的に新鮮だった。メンバーが多い少年忍者、おとなしいメンバーはMCでほぼ喋らないこともあったから。
あと忍者ではわりとやりたい放題だった悠仁が意外と常識人ポジな発言をしていて、B&ZAIは年上組が自由すぎるな……と思ったりした(いい意味でね)。
ACEesではメンカラ被りがあったので深田がメンカラ変更となったが、ほみゆはそのままだった。というか、B&ZAIは8人もいるのに奇跡的にメンカラ被りナシ、全員前グループから継続となったラッキー集団だった。
深田と違ってほみゆは元忍者が3人いるからか、個人的に私が琳寧克樹こんぴ矢花を見慣れてるからか、遠くに行ってしまった……みたいな感覚はなかった。我ながら不思議だ。ただ先述の通り橋本さんのことは遠い存在だと思っていたので、MCでほみゆに絡んでいる姿などは妙にドギマギした(今となっては慣れました、かわいい)。
2日目昼のMCでメディアの公開取材があって、そこでリーダーを決めることになった。琳寧とこんぴー以外がこんぴーを指名し、晴れて今野リーダーが生まれた。
こんぴーを選んだ理由を聞かれた通陽が「うちの事務所のリーダーって仕切るタイプより穏やかな人が多いイメージ、大野くんみたいな」と言っていたが、その日の見学に少年忍者のリーダーである皇輝くんが来ていたので私は勝手にヒヤヒヤしていた。
その……皇輝くんはずっと仕切っててくれてただろ!
まだ弟組が声変わり前のガチ子どもだった初期のYoutubeのコメ欄で園長先生って呼ばれてたくらいだからね!?(通陽のイメージする「仕切る」をやってきたのは皇輝くんというよりはおりちゃんなのかな?)
こきぴ(共通点:同期、メンカラピンク、瀧くんがツボ)に「リーダー」という共通点が付与されたのでこの2人のリーダー絡みも見たかったのだが、叶わなかった。ジュニアチャンネルで運動会やってほしかったよ(大荒れ間違いなしだからしばらく無いだろうね)。
8月にThis is 忍者が始まった。
個人うちわ以外に、ステッカーと忍コレというグッズが販売されたのだが、この忍コレが飛ぶように売れ、局メールでグッズ売り切れのお知らせが来る異常事態にまでなった。
忍コレが売れたのは、デザインが可愛くてビジュが良いというのも当然あるが、その名の通り「コレクションしたくなる」のも大いにあるはずだ。バラ売りのランダム商法ではなく、しっかりした台紙に16人全員分のカードが収まっているので、オタク同士で交換して16枚全部自担にするのが流行った。
オタクが忍コレを広げてウロウロしているのを見た一般通行人が「あれ何?」「アイドルのグッズ?」「大変そうだね……」とヒソヒソ言ってるのが聞こえたりもした。まあ……楽しんでやってます。忍コレの交換を機に繋がったフォロワーもいます。
初日から「これ忍者最後じゃない?」と各所で言われまくっていたが、私は「新衣装、白くてモコモコがついてるから冬にも着てほしい」とか言っていた。
でも、オーラスの凄まじいパフォーマンス、アンコールの選曲、そしてただならぬ雰囲気に、「あ、これ最後なんだ」と思わされた。メンバーだけでなくバックについてくれたジュニアの子たちも客席のオタクも泣いていて、本当に卒業式みたいな感じだった。杞憂であってほしかったな。
公演期間もその後も、いろんな人がいろんな角度で解体の気配を感じ取っていた。
選曲、オーラスの涙、みんなの語る夢に「忍者」の単語がなかったこと、文字通りラストで「幕を下ろす」演出、This is 忍者というタイトル(マイケルジャクソンのThis is itのオマージュ)、めったに泣かない久保廉が泣いていたこと、ブログで普段は飼っているパグの写真ばかり載せる瀧くんがメンバーとの写真を上げていたこと……。
解体発表
11月12日。
少年忍者解体の発表があった。
わかっていたけど、ライブのMCで今後見たいYouTube企画や欲しいグッズを聞いてくれたからと、ちょっとだけ縋ってた。ぜんぶ優しい嘘だったんだね。
皇輝・湧・安嶋・長瀬出演の外部舞台『サマータイムマシン・ブルース』の公演期間だったが、グループとしての現場は無く、もう忍者担としてできることは残り少ないYoutubeを見ること、1日1人ずつ上がる少年忍者として最後のブログを読むこと、ファンレターを書くことくらいだった。
This is 忍者が始まったばかりの時に書いたnoteがある。
ここでは「これが最後とか最後じゃないとか関係なく楽しみたいなと思います」とは言ったが、いざ本当に最後となるとやっぱりしんどいな。後悔を残すことなく楽しめたからまだ良かったけどさ。
青木くんの少年忍者として最後のブログが更新される日、怖くて友達に付き添ってもらった。緊張しながら迎えた21時。丁寧に綴られた文章を読みながら涙がぽろぽろこぼれた。どこまでも愛に満ちた文章だった。
青木くんはやっぱり言葉選びが上手い。テクニックとかじゃなくてね。「何を言うべきで、何を言わないべきか」この線引きがとても上手いなと感じることがよくある。それは彼の優しさがあってこそ成り立つんだと思う。だから、怖がることなんて何もなかった。一緒に読んでくれた友達が「いいブログだね。青木くんって本当にすごいアイドルだね」と言ってくれた。どんな時だって自慢の担当だ。
忍者の最後のYoutubeは、スタッフさんからの愛が込められた企画だった。なんと1時間越えの長尺で、16人全員にそれぞれ「○○賞」を授与してくれるという内容。各メンバーのハイライトをみんなで振り返りながら、お互いを褒めたり感謝を伝えたりと、和やかであたたかな時間が流れていた。
これまでYoutubeで散々な扱いを受けてきたが、「終わり方」に関しては本当に恵まれたと思う。Hi美侍はいつの間にかパフォ動が続き、Youtubeが休止され、数日後にグループごとなくなったのだから。心の準備という意味でも、きっちり「卒業」をさせてもらえたこと、これまでの膨大なYoutubeから16人の見せ場を集めて編集してくれたこと、感謝しています。
本当に愛おしい子たちだよ……。
そんなわけで、11月30日、私の3年間の忍者担生活は終わりを迎える。
正直、好きなものがたくさんある私が、3年間も高い熱量(自分比)でオタクをするとは思ってなかった。担降りとまではいかないまでも、さすがに3年もしたらまた何か別のものにハマって、もっと優先順位が下がるかなと思っていたから。
それだけ少年忍者が魅力的だったってことだよね。
「一分一秒飽きることのない最高のエンターテインメントをお届けします」
This is 忍者のオープニングの言葉が今になって刺さる。
そうだよ。私、3年間飽きずに少年忍者が大好きだった。楽しかった!
ありがとう!本当にお疲れ様でした。
あとがき
少年忍者のターニングポイントとも言われる2022年のサマステを私は見ていない。少年忍者の7年半にわたる歴史のうち、私は3年しか知らない。だから少年忍者を語るには力不足なんだけれども、「公式」の情報だけでは残らないオタクの温度感とか、そういったものを記録するためにこの記事を書いた。
もちろんここに書かれていることが全てじゃないし、同じ出来事でも人によって受け取り方は違うので、あくまでもn=1として見てもらえたらなと思います。これはあくまでも、少年忍者と共に過ごした「私の」記録なので。
「公開垢なんてやるもんじゃないですよ」と言いながらも(たまに鍵をかけるとはいえ)やめないのは、自分が新規の時にもう降りた人を含む先人たちの記録からたくさんの知識を得て、自分もいつかそうなりたいと思ったからだ。
「新規にありがとうございますって言われたい」みたいな承認欲求じゃなくてね。
いつかこのアカウントの運用を停止してSNS上の遺跡になったとしても、見に来た人が「この頃の青木くんはこんなお仕事をしてファンはこんな感想を抱いたんですね、へえ~そうなんだ」くらいに思ってくれたらそれでいい。
文字の凄いところは時間を超えて残り続けるところ、記憶が薄れたり気持ちが変わったりしても、遠い過去になった「今、この瞬間」をいつでも振り返るようにできるところ。
これは2月の解体の直後に書いた文章の一部だ。なんていうか、歴史家?みたいな感覚で発信を続けているんだな、私は。歴史家にしては主観強すぎですが。
改めて書き出してみると、たった3年でもいろいろ様変わりしたんだなと実感した。古参のオタクの話を聞いていると「当落を電話で聞いた」とか「申し込み時点でお金を払って落選したら返金」とかびっくり情報がたくさんですげえぜ~と思っていたんですが、10年後とかには「1年で6グループ解体ってありえない」みたいな反応をされるんでしょうか。いや、現時点で「ありえねーよ!」ではあるんですが。それだけ激動の時代なのかもしれない、この数年は。
画面の向こうにいるあなたは、どんな人で、いつこれを読んでくれたのかな。アップしてすぐ読んでくれたフォロワーさん? 数日後たまたま読んでくれた忍者担? それとも何年も先、少年忍者だった彼らのうち誰かの新しいファンの方? メンバー、はさすがに無いか。笑
どの時間の、どんな立場の人でも、「まずは、ありがとう。」(※その後に否定の文章はつかない)と伝えたい。少年忍者を少しでも気にかけてくれたわけだから。それもこんなにも長いオタクの文章を読んでくださってありがとうございました。
少年忍者が大好きです。男性アイドルに興味がなかった私が、初めて好きになったグループ。21人の大所帯、もちろん他グループにはないデメリットもありましたが、少なくとも私は、21人の少年忍者だったから好きになりました。
ひと夏だけでしたが、16人の少年忍者のパフォーマンスも素晴らしかった。TDCの2週間だけじゃもったいない、もっとたくさんの人に見てほしかったくらいに!
少年忍者はたくさんのものをくれました。もともと事務所のオタクじゃなかった私が知らなかった、先輩方の隠れた名曲を忍者経由で知ったし、大切な友達との出会いもあったし、仕事のモチベーションや日々のストレス解消といった、日常を支える存在でもありました。
だからなくなってしまうのは本当に寂しいけれど、少年忍者というグループがなくなっても、忍者で得たものは必ずみんなの中にあって、それは決して奪われません。
忍者きっかけで出会った友達とはこれからも友達だし、思い出は残り続ける。メンバーにとっても、身につけたスキル、培った精神力、多くの人との出会いは必ず今後の活動に活かされるはずです。
松竹座、新橋演舞場、京セラドーム、EXシアター、東京ドーム、横浜アリーナ、TDCホール、帝国劇場。小さい箱から大きい箱まで、それぞれの空間に合わせて最高のステージを作ってくれた。
忍者担として過ごした日々 、事務所からの雑な扱いにも不義理を働く忍者担にも腹を立てまくっていたけれど、忍者との思い出を振り返ると本当に楽しかったし感動したことばかり。
こんなにも心を動かすパフォーマンス、なかなか見ることできないよ。This is 忍者のオーラス、あれを超える現場ってこの先現れるのかな?それくらいすごかった。
寂しい。2月の時と違って、納得できてしまうのも含めて悲しい。怒りは無い。うそ、発表した日が水曜だったのは嫌だったな。平日ど真ん中、YouTubeもミラクル9もあったのに。
湧のお誕生日前なのも嫌だったけど、少年忍者はオールウェイズ誕生月だから仕方ないのかな……。あ、もう深田と悠仁いないから今は4月と9月生まれはいないのか。
解体発表から数日経つけど、これを書きながらやっと初めて涙が出た。
あおきくんがこれから歩む少年忍者ではない道がどんな旅になるのかわからないけれど、ステージで輝き続ける限り、ついていきます。きっとキラキラした新しい景色を見せてくれることでしょう。
他のみんなもビッグになって、「あの子今何してるんだろう」なんてわざわざ調べなくてもニュースが飛び込んでくるような存在になってほしい。少年忍者は素晴らしかったけれど、少年忍者を人生のピークにしてほしくない。もっともっと多くの人に愛される、確かな才能を持った人達だと信じてるから。
可能性に溢れた君らならどこへでも翔べるさ!
私も私で自分にできることをやろうと思います。悲しくても忍者を言い訳に自分の生活を投げ出すことはしたくないからね。
まあ私がこう言えるのもある程度歳を取ったからだと思うので、若い子は結構しんどいのではないでしょうか。もしこれを読んでいるあなたが辛くて仕方ないなら、まずは体を冷やさないでねと伝えたいです。寒いと心身ともにダメージを受けやすいからね……。(おばあちゃん?)
長々と書きましたが、これで最後にします。
絶対勝つぞ!
信じているよずっと
少年忍者『太陽の笑顔』 作詞/伊沢麻未・KOMEI KOBAYASHI
どんなことがあっても
乗り越えてゆけるはず
進んでゆけ